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No title
15年も経ったんですね。
イアンはまだ生まれてませんでした。
あの朝のことは今でも覚えています。
子供が大丈夫か咄嗟に起きて見ました。

次の日、旦那は応援で神戸に行きました。
余震で緊張の中、夜中も走ってたそうです。
帰ってからも目の前で見た光景が現実のものとなるには「生を見てないお前ではあの怖さはわからん」と言われました。
それがもう15年も経ったんですね。
2010/01/17(日) 20:58 | URL | ときん #79D/WHSg[ 編集]
No title
この時期になると「ああ、あれからもう○年か・・・」と振り返ります。
私は大学生でした。
まだまだ呑気だったな。
いろんな特番を見るたびに、つらい思いをした方が多かったんだと、いまだに涙がでてきます。
2010/01/17(日) 21:02 | URL | kazu #79D/WHSg[ 編集]
No title
aizankeiさん、こんばんは。

あれから15年。
その年月は長いのか短いのか・・・
私はあの時、香港にいました。
こちらの英語学校の早朝授業に行って、
その悲惨な震災の第一報を知りました。
慌てて帰って、親類縁者の安否を問いました。
そちらの方に拠点を置いている友人知人とは
長い事連絡が取れず、不安でした。

ここ数日、こちらでも報道されている
NHKの限られた番組で、この震災から15年、という
ものを幾つか見ました。

町は復興しているけれど、果たして本当に
人々の心も復興しているのか?という。
震災直後の数年は、復興のために走り回っていて、
親を亡くした方でさえ、その悲しみに浸る暇がなかったと。
町が復興していくにつれ、次第に肉親を失ったことへの
想いがこみ上げて来て、震災が起きた時よりも、
もっともっと心が落ちていったということ。

実際に被災された方々の心に受けた傷は、
そう簡単に癒えるはずはないですよね。
私は実際に被災していないので、本当のところまでは
理解することはできませんが、日本人なら、
忘れてはいけないことだと思います。
日本なら、どこでも起こりうることで、
決して人ごとではないと思うから・・・

この震災で亡くなられた方々のご冥福を
お祈りすると同時に、被災された方々が
少しでも幸せを感じて生きていかれますことを、
心からお祈りしております。
2010/01/17(日) 23:27 | URL | ペンネ #79D/WHSg[ 編集]
No title
私はちょうど大学4年の後期試験の初日でした。
仲良しの友人は、試験があるので実家に帰らず下宿にいたため、倒壊した建物のために亡くなりました。
その時、私は「強い心で…」どころか、オロオロしている情けないものでした。あのとき地震が無かったら、今どんな風だったかな、と考えます。
2010/01/18(月) 00:30 | URL | ギエム #79D/WHSg[ 編集]
No title
地震後、名古屋から主人の実家の甲子園への連絡は
インド出張中の主人を通じてでした。
震源地から離れる程連絡が取り安いというのは、
1989年のサンフランシスコ地震と1994年のロス・ノースリッジ地震で当時住んでいたドイツからSFの母、名古屋からNorthridgeの叔父へのTELで経験済みです。
アメリカでの地震前、日本ではこのような被害はあり得ないと言われていました。
近い将来必ず起こると予想される東海大地震、尊い犠牲者の死を無駄にしないためにも、この震災での教訓を生かしてほしいものです。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007152479

2010/01/19(火) 10:43 | URL | Mちゃん #79D/WHSg[ 編集]
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