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6時から神戸で研究会

今日の研究会は大学時代の同級生が集まって行っている研究会で

去年一度話をさせてもらってから時々参加しています。

気楽な会なのに結構レベルが高くて

今日もいろいろ勉強させてもらいました。



研究会後少しだけ飲んで帰りましたが

今日は午前様ぎりぎりでした。

同級生もみな立派なおっさんになっていますが

会えば皆学生時代に戻り楽しい時間となります。


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7時から姫路で研究会

今日の特別講演は

情熱の感じられる非常に感動的な内容で時間がたつのも忘れるほどでした。

集中力と根気が何より必要

熱意が必要

とのことで貴重な画像をたくさん提示していただきました。


先日、職場に一本の電話がかかってきました。

10年前まで勤めていた職場の守衛さんからでした。

“お元気ですか?”と

実はもう転勤して10年少したつからと

年賀状をいただいたのに返事を出していなかったのです。

“毎年お返事いただいたのにちょっと気になったので・・

また顔見に行きます。”

と、

こちらも年賀状を出さなかったご無礼をおわびして電話を切りました。

一本の電話でいろいろなことを思い出しました。

この守衛さんは自分の業務を忠実にはたすだけでなくて

人のことを考えて業務以上のことを頼まれなくてもやってくださる方でした。

厳冬の深夜

残業で遅くなると ほぼ例外なく車のフロントガラスが凍っていました。

しばらく暖機運転してデフロスター全開にすれば時間はかかっても前が見えるようになります。

でもそれでは時間がかかるだろうと

この守衛さんはいつもお湯を持ってきてフロントガラスにかけて下さいました。

起こすのが気の毒だし、いいお年なので風邪でもひかれたら大変と

守衛さんが起きておられる時間はともかく

1時とか2時になると起こさないようにそ~っと守衛室の前をとおって出るのですが

なぜか気付かれてやはりお湯を持って走ってきてくださいました。

同僚に聞いても皆にそうしておられるとのことで、感動したのを覚えています。

60の還暦のお祝いには

たくさんで守衛室に押しかけ赤いちゃんちゃんこを着てもらって

ケーキでお祝いしました。

皆から愛されて私が転勤して数年で定年を迎えられたと聞きました。



自分のサボりで年賀状を出さなかったのに

心配して電話まで下さったこの守衛さんの優しさが胸にしみ

やっぱり年賀状減らすのをやめようかと考えた日でした。


いつものようにツエルニー8小節の練習曲から

ツエルニーは今回と次回で終わりましょうと言われていて

今日からは指定された曲だけになりました。

今日弾いたのは 33,35,42,45,47の5曲。

苦手のアルペジオではやはり昔の指をくぐらせるくせが抜けてなかったり

開放的な腕の使い方ができていなかったりでしたが

レッスンで少し良くなったところであがってしまいました。

ここのレッスンでは次回に出来ることを確認するためのレッスンはありません。

言われたことは自分で忘れないように身につけていって当たり前で

何も貴重な時間を割いて見てもらう必要は無いとのことなんでしょう。



ベートーベン32のバリエーションは9から18まで弾きました。

左手が苦手の10、オクターブがしんどい15,16

絶対この速さでは弾けない18

など今回は前回より難しい!

練習の仕方を教えてもらいましたが18は無理そう・・。



最後に今回一番練習したラフマニノフ楽興の時4番

ツエルニーもベートーベンも適当に

月光もラベルも一回も弾かず

研究会のあと打ち上げで飲んだあとでもこれだけは練習しました。

その甲斐あって何とか譜読みだけはぎりぎりで完成。

譜読みおそおそ人間としてはよく読んだほう、

レッスンで見ていただくレベルにはほど遠いけれど

今日見てもらったのにはわけがありました。

発表会でこれが弾けるかどうかを判断してもらう・・と言う大きな目的が。

“もう一曲は?”

と聞かれましたが

“これが弾けないとラフマニノフはやめるので

これが弾けそうとだったらもう一曲考えます。”と



で、何とか最後までよたよた弾きましたが

結果は

“弾けます。これに決めちゃいましょう”

と決まってしまいました。

“意外に合ってます。理不尽なことに感情があふれてるようで・・”

なんでやねん!!


でも決まって良かったです。

もう一曲は1か3でと

3のほうが圧倒的にやさしいと言われ

じゃ悩まずそれに決めます、と即答しました。


7時から姫路で研究会の打ち合わせ会、

腕時計の電池が切れていたのを思い出し

少し早く職場を出て駅前の時計屋に向かいました。

電池交換は約15分かかりますとのことで

本屋で時間をつぶそうとしたところ

セール、30%引きとの看板のかかったブティックが目に入り

思わず立ち寄りました。

見るだけのつもりがちょっと気に入って試着

普段着ですが買ってしまいました。

“ほんとは明日から半額、今日は30%引きなんですが

もう今日は閉店ですし半額でいいですよ”

と言われて思わずにっこり。

なんかすごく得した気分になりました。


昨日のことのように鮮明に思い出すことが出来ます。

当時私は神戸市垂水区に住み、明石の職場に通っていました。

揺れが始まる前にごーっという音がしたこと

今まで感じたことが無い揺れがそれに続き

階下で食器の割れる音が派手にしたこと



それに続き停電、断水、ガスも止まり

真っ暗な中、懐中電灯で1階に下りて怪我をしても・・

と、もう一回寝ようかと思っても眠れるわけもなく。

ラジオではまだ奈良県でけが人が数人なんて言っているし

どうなってるんだろう?



最初は電話も通じて

安否確認も容易に出来ましたがそのうち電話も通じなくなりました。

家族の無事を確認したのち

ラジオをつけっぱなしにしているといろいろなことが次第にわかってきました。



地震当日にはまず電気が復旧しテレビを見ることが出来ましたが

信じられない光景がそこにはありました。

そして死亡者のリストの中に親戚の名前、知人の名前がありました。

まだ安否を確認できていない友人の無事を祈るのみでした。

夜に友人から
電話があり家が全壊し避難所にいるとのことでした。

どういう言葉をかけたか記憶がありません。

会いに行くにも交通手段がありません。



翌日には電話がかなり通じるようになり

あちこちから電話が入りました。

長い間年賀状でしか連絡を取ってない友人たちが電話をくれました。

これは本当にうれしかったです。

声を聞くだけで、自分のことを心配してくれている人がいるだけで

とても元気が出ました。



数日目に職場から救援活動で長田の避難所に入りました。

明石から長田まで行きはパトカー先導で2号線を走り約40分

そこにはとても正視できない光景が広がっていました。

帰りはパトカー先導はありませんでしたので3時間かかりました。



水道は約1週間

ガスは2ヶ月以上復旧までにかかりました。

職場では水が出たので毎日職場から20Lの水を持ち帰りました。

(腰を痛めました)

ポリタンクもそのころは家に常備していなくて

検査室の純水容器をもらいました。

シャワーを使ったのは震災後1週間以上たってからでした。

職場の友人が寮のシャワーを使わせてくれました。

その間着替えもしなかったけれども全く気になりませんでした。



日に日に死亡者発表数が増え

被害状況も深刻であることが伝わってきました。

何よりも命を落とされた方、家族を亡くされた方

どう声をかけてよいかわかりません。



1年以上たってから長田で亡くなった知人の為にお線香をあげに行きました。

家が全壊して生き埋めになり火が回って逃げられなかったとのことでした。

知人の友人に案内してもらって

“この場所で”と考えただけで、その苦しみを考えただけで

立っている事が精一杯でした。


お正月に実家にあった本を借りてきました。

登山家山野井泰史さんの“垂直の記憶”という本です。


山野井泰史さんは無酸素で8000m級の山に登る世界でも有数の登山家です。

2002年秋、ヒマラヤのギャチュンカン北壁の単独登頂に成功されました。しかしその帰路に雪崩に遭い奇跡とも思える生還を果たされましたが重度の凍傷のため両手及び右足の指計
10本を失いました。

山野井さんのすごいところは

それからまたなくした指でトレーニングを始められ

2005年にはボタラ北壁完登を果たされました。

http://www.evernew.co.jp/outdoor/yasushi/yasushi1.htm


世の中にはすごい人はいっぱいいますが

この人は本当にすごいの一言です。

他に言葉が見当たりません。

この本は7章で世界の難関と言われる山の登頂記録が記されていますが

第7章ギャチュン・カン北壁の記録はすさまじいです。

夫妻で何回も雪崩に巻き込まれ

悪天候の中、最後はほとんど飲まず食わず

というかもはやからだが何も受け付けず嘔吐しながら

一時は視力まで失いながらも奇跡的に生還されました。

ザックを担ぐ体力も無くなり

最後の日はツエルトもシュラフも無いビバーグ!

二人で胃液を吐いている、と淡々とした筆致

死と隣り合わせと言うか

もうすでにからだの一部が死んでいる状態とも言えます。

生への執着が生還させたのか?

しかし本の中で彼は

自分は山で死んでもよい人間の一人と語っています。

多くの著名な登山家は山で死んでいますが

彼も 覚悟が出来ている と毅然と言い放っています。














今日は同じ研究室グループの研究会

2時から5時まで文献抄読会

15人が1~2文献ずつ抄読し

そのあと5時から講師を招いての講演会

4時間以上休憩なしでひたすら勉強!

さすがに疲れました。

その後の懇親会で

ワインをちょっと飲んだだけなのに

すぐに眠くなり帰って来ました。

たまには勉強してるところも書いておかないと

年中遊んでるように思われるかも・・とアップしました。




大学洋上セミナーで知り合った友人と “彦”に行ってきました。

ちょっとローカルな会で近くにいるものが集まりました。

久しぶりですがやっぱり安くておいしかったです。

場所がわかりにくいのですが

友人のナビで無事到着。

ナビがなかったらちょっと危うかったかも?



もうすぐ下船して4ヶ月

もう4ヶ月、まだ4ヶ月という感じが両方あります。

すごく昔のことのようにも思うけれど

話をしているといろいろよみがえりつい昨日のことのようにも思います。

30日間を一緒に過ごした友人の再会は楽しいです。

次回は“にくてんや”(これまたローカル)にしようと言うことになりました。




今年の初レッスンですが

前回レッスンから一週間でしかも実家に3日帰っていたので練習があまりできていませんが、とりあえず出かけました。





今日もツエルニー8小節から弾きました。

今日は26から30番まで

今日も全部上がりました。

どこまでやりますか?まだやりますか?

と聞かれて

どっちでもと適当な答えを

子供のころはツエルニーが大嫌い

100番、30番、40番、50番の真ん中くらいまでやりましたが

いい思い出はなく

弾けなくてしかられていたことばかり思い出します。

今は8小節ですし

分析も一緒に教えてもらえるしそんなに嫌いではないのですが

もうそろそろと言われてしまいました。

それで全部することないから後は抜粋でと言うことになりました。

残った中から10曲ほど選んでもらって

これ終わったら次の練習曲にしましょうと言われました。

ショパンに戻ったらいやだな

10-4も10-11もすごく苦労したのでまだツエルニーのほうが気楽でいいのに・・とか思ってしまいますね。



次にベートーベンの32のバリエーションを変奏1から8まで弾きました。

8×4=32 と言う計算です。

一応これも発表会の候補曲ですが

字面(譜面)より弾いて見ると難しいです。

いかにも難しいところと

地味に難しいところが随所にあります。

でもとっても美しい曲で気に入っています。

きれいに弾けたら発表会これでもいいかも?とひそかに思っています。

(長いのがちょっといや)

変奏1,2の同音連打を普通は1,2の指使いで弾きますが(ヘンレ版もそうなっている)先生は3だけで弾くように言われます。

特に左が難しいです。

教えてもらった練習法は

はすに構えて適当にいい加減に練習するというユニークなもの

前にオクターブの連打の時にもそういう練習を勧められました。



次に月光の1,2楽章を弾きました。

前回バッハが上がったのでちょっとバッハ休んでる間に月光をと言うことになったのでした。

レッスンもしてもらって次は3楽章をと言われたのですが

良く考えたら発表会の曲の譜読みをすすめないともうやばいかも

と言うと

それもそうかもということに

なんせ譜読み遅い(しかも間違い多い)

暗譜も遅い

のでとにかく早く譜読みを終えて曲を決めたいのです。

今一番弾きたいのはラフマニノフの楽興の時4番でそれを言って

弾けるでしょうか?

と問うと

3ヶ月くらいレッスンしてだめなら他にしたらと言われました。

それはその時のダメージ大きすぎなので

だめだった時の滑り止めも読まないといけないし

とても時間がないので

ラベルと月光は後でもいいですか?

と質問形の宣言をしてきました。

あとシューマンのソナタも候補であげてもらいました。

昨日買って来て楽譜だけちらっと眺めました。

これも素敵な曲だと思います。



毎年恒例の友人宅の新年会

今日も8人で鴨鍋をいただきました。

気を使うことなく話せる友人を持つことは幸せなことです。

今日も皆勝手なことをしゃべるだけしゃべって

もうこれ以上食べられな~~い。

とか言いながら

別腹でケーキまでしっかりいただき

友人宅を後にしました。

皆元気で毎年集まれることがいいですね。

知人の年賀状に“何も変わりません”と書いてありましたが

“変わらない”ことが良い場合も多いと思います。


1月4日の御用初め

毎年この日は道路はがらがらで

あっという間に職場に到着。

世間はまだ正月休みなんだろうと思いながら・・。



通勤は車を使っていますが

今日は30分かからず

普段は35-45分くらいです。



車の中の過ごし方ですが

正しい阪神ファンのあるべき姿として

シーズン中は

朝は道場洋三氏と六甲おろしを大声で歌い(勝利の翌日です)

帰りは阪神戦を手に汗しながら応援します。



シーズンオフはほとんどFMかCDを聞いています。

今朝のFMはリチートラの歌で

ロッシーニのダンス

ドニゼッティの家を建てたい

などをやってましたが(どちらも好みの曲)

リチートラの明るい声が初出勤にぴったり

http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Arch/SR/SalvatoreLicitra/

一部ですが試聴できます。

音楽ダウンロードから14が家を建てたい、17がダンス

あと15マッティナータも好きな歌ですが

これからいいところと言うところで切れちゃいます。

買いたくなるように仕向けていますね。


2日は、去年と同じく初登りを企画するも雨であえなく中止。

それで


久しぶりに箱根駅伝を見ました。

見始めると面白さに引き込まれるのが駅伝。

たすきリレーも面白い。

たすきを渡す時の

アイコンタクト

声かけ

頼むぞと言った感じでぽんとたたいて送り出したり

たすきを受け取るほうの2年生が走りこんできた1年生に良くやったをいう感じで肩をたたいたり

駅伝がマラソンと違うのはチーム競技であるということ。

ブレーキがいてはなかなか勝てません。

みんなのコンディションがそろって良いとい言うことはかなり難しいことと思います。



順天堂大の山の神様

今井正人選手の走りは感動的でした。

解説者が彼の走りは非常に乳酸が溜まりにくい走り、と解説していましたが

無駄のないフォームで非常に美しい。

4分以上の差を挽回しての優勝。

3年連続区間賞、しかも区間新!

実力から考えれば妥当と言うことですが

その実力を本番で当たり前のように発揮できるところがすばらしいです。

年の初めにすばらしいものを見せてもらいました。


 新年が明けました。おめでとうございます。


写真は昨日フラワーアレンジメントの先生にいただいたお正月用のアレンジです。

昨年もいただきましたがとてもかわいい現代的なアレンジで気に入ってます。

あっ、私がフラワーアレンジメントを習っているわけではなくて

知人が先生をしていると言うことで

説明しなくても誤解はなかったですね。

でも、美しいものにはあこがれます。

そして美しく花を活ける優雅な時間にもあこがれます。

学生時代に少しですがお茶とお花を習いました。

どちらも適当にやってましたが今から思うと楽しいお稽古ごとだったと思います。

ゆったりと時が流れるのを感じていたいですね。

そんな余裕ある生活にあこがれます。


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