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 最近知り合った知人のお嬢さんは生まれつき左上肢が肘先までしかない障害児である。現在小学4年生の彼女は極めて明るくしっかりとした考えを持つ強い女の子だ。音楽が大好きで児童合唱団で歌い、また6歳からピアノのレッスンにも通っている。2年前に第1回ピアノパラリンピックが横浜で開催されたときは選ばれて出場し堂々と演奏してきたつわもの。その時のDVDを借りて週末を利用して見た。聴覚障害、視覚障害、脳性まひ、事故の後遺症、先天性疾患・・。いろいろな障害を持ちながら皆さんピアノを楽しそうに弾いておられる。指1本だけで奏でられる演奏もあり、またプロとして活躍されておられる方のすばらしい演奏もありでまだ全部見終わっていないが言葉で言い表せない感動がある。
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 友人の先輩が連休の山行で事故に合い亡くなられたという。西穂高から奥穂高への縦走ルートでの事故、大雨で地盤が緩んでおり乗った岩ごと滑落されたとのこと。山では予測できない出来事が突然襲ってくることがあり今さらながら自然には勝てないという思いが募る。海の日がハッピーマンディになってここは3連休になったのだが、この時期はほとんど毎年大雨が降っている。2年前私たちはこの連休を利用して白馬に登ったが大雨と大風のため白馬山荘までしか到達できなかった。登頂をあきらめ栂池への縦走もあきらめ雪渓を下ったのだがその途中で落石に襲われた。“らく”と言う声に振り返ると2個の石がパーティーの先頭を歩く私、2番目を歩く友人をめがけて音もなく滑り落ちてくるところだった。2人はとっさに山側に避けたが石も我々が逃げた方向へ寄ってきて結果的に友人が右手を負傷した。止血処置をしているとたくさんの方が寄ってきて包帯、三角巾、ザイルなど供出してくださる。また登る途中であったにもかかわらず友人のザックを担いでおろしてくださった方もあり感謝に耐えない。友人に腰紐をし(貸していただいたザイルで)それをつかみながらゆっくりと雪渓を降りたことは忘れられない。白馬尻小屋までは山岳パトロールの方が来て下さり一緒に救急車の入れる場所まで降りた。友人の手はその後後遺症なく治癒したがトラウマは大きく友人はまだその後登山に参加していない。たくさんの方にお世話になり、どこの誰かもわからず御礼もきちんと申し上げられていない状態であるが感謝している。本当にありがとうございました。

 前回レッスンから3週間余りとはいえ、金沢3日、北海道4日など家を空けることが多かったので万全ではない(いつものことだが)。  


ショパンエチュード10-11から弾きました。音ははずしまくり前回指摘されたバランスの悪いところも良くなってない。こういうアルペジオ系の曲を弾くと自分の音が聴けていないことが良くわかります。バスの音を聞くとソプラノが立たず、両方何とかと思うと次は内声の解決があやしい。その音は第7音で下降導音、と言われても即座に理解できないのが悲しい。帰宅してゆっくりかぞえて ああなるほどって感じ。


 あとはベートーベンのソナタ31番全楽章。暗譜がところどころ怪しいし、今日は仕事帰りで疲れてるので抑制なく のびのびがんがん弾いてしまいました。もっと内向的に、表現を内に向けてと言われる。


この曲の私のイメージ                                                         1楽章:回想シーン(死期の近いことを知った人が昔を振り返る)                                2楽章:驚きと怒り(よりによってどうして私がこんな目に!!)                                        3楽章:嘆きの歌1回目(ひたすら悲しい)                                            フーガ:生への欲望はあるが死の受容が始まっている(キューブラーロス氏の死の受容最終段階) 精神的に高いところに登って行く。                                                     嘆きの歌2回目:肉体的苦痛がさらに強くなる。呼吸苦も強く一息でしゃべれない状態。ひとたび死を受容したが肉体的苦痛のため嘆かないとおれない。                                           しかしそのとき天国の扉が開き魂は高みに登って行く。完全に苦しみから開放され歌い上げられるのは人間讃歌。


と言うようなイメージを持っていますが、今日は何にも考えずがんがん楽しんで弾いてしまいました。次回までにもう少しイメージに近づけるようがんばります。


                                                                                                          以前習っていた先生に “忙しいのにそれくらい弾ければ十分じゃない”って内容の事をよく言われて傷ついたんですけど、“今の私も心のどこかにひそかにそう思ってた”ということにレッスンに行く度に気付きます。 時間ないからこれくらいしかできないって思ったらもう進歩できない。よくわかってるのにひそかに私の心の中に入り込み住み着くんですね。


 久しぶりの歌のレッスン、普段ほとんど練習しないので(先生、ごめんなさい)今日は早起きして練習するぞと意気込むも昨日の夜更しがたたり起きたら10時過ぎ。新曲をぱぱっと見てからレッスンに出かける。エチュードはボルドーニ12番練習曲、超絶技巧の12番にお手上げ状態、でもこれ以上やっても(進歩は望めない?)であがり。曲はパーセルの歌曲から2曲とイタリア歌曲。パーセルの歌曲はあまり知られていないが洗練されたおしゃれな曲が多く好み、今日の2曲はあがり。あとイタリア歌曲は歌を習い始めたころにレッスンしてもらった曲。変奏を細かく書き込んだ楽譜がありそれで新たにレッスンしてもらうことに。同じ曲でもガラッとイメージが変わることに気づく。
さて今日はどうしようか、と考えるも天候不良。脚も疲れが残っていて筋肉痛もひどい。山をあっさりあきらめ以前より行ってみたかった丸駒温泉へ行くことに。丸駒温泉は支笏湖のほとりにあり、お風呂から支笏湖が見渡せるというすばらしい環境。そしてなんと露天風呂と支笏湖の水位が一緒。支笏湖と露天風呂は水路でつながってるのに風呂の温度が一定なのは不思議だ。今は増水しお風呂の水位が145cmあり、背の低い人は気をつけてくださいと最初に注意があった。ぼーーっと温泉に入ったり、喫茶部で景色を眺めたりして 何も考えずにゆっくりと時間がたった。こんな日は久しぶり。ご馳走をいただき、また温泉につかり夜はBSでキャンディーズ特集を懐かしいといいながら見る
いよいよ登山の日、朝起きて天気がまずまずであることを確認。今日は昨日のパーティーのアドバイスもあり、倶知安コースを登り、真狩コースを下りることにする。羊蹄山は蝦夷富士とも呼ばれ、美しいコニーデ形をしている。その形から容易に想像できるように最初のうちはなだらかで徐々にきつくなる。7合目くらいから日ごろのトレーニング不足もたたってスピードも落ちてくるがゆっくりであっても歩き続ける限り頂上には立てるのが山。12時までには山頂に立つことができた。9合目から上は高山植物が咲き誇りお花畑の中を花に励まされながら登る。お鉢(火口)の中は深く雪渓も残っている。残念ながらガスって来て眺望には恵まれなかったが雨も降らず(先週はずっと降ってたとの事)、ガスの中に入ると天然のひんやりしたミスとサウナのようで心地よい。下りも長いが無事に真狩登山口に到着。ニセコ駅前の公営の(正確には第3セクタ)温泉でくつろいで、宿に帰る。ちょっと疲れたけれど大満足の登山でだった。
連休を利用して北海道、憧れの羊蹄山登山を計画。とりあえず今日は移動日、友人は一日先に出発したのでしばし一人旅気分。新千歳空港まで飛んでその後小樽乗継でニセコまでJRで行く。函館線は2両編成で、倶知安以外はドアは一番前しか開かない。運転手さんが運賃、切符を回収するワンマンカーだ。車窓から見える光景を飽くことなくボーっと見ている間にすぐにニセコに到着。本日の宿は自転車やバイクのライダーさんが良く利用するニセコツーリストホーム。友人と合流し、夕食を他の2人と共にいただく。1人は札幌在住の大学生。今朝札幌出発し小樽経由でニセコまでと、私は電車に乗ってた時間を考え健脚に感心。夏休みに日本縦断を企画してるというからすごい。もうお一方は還暦は過ぎてられるようなおじ様、ハーレーに乗って北海道を探索中。 そうこうしている内に今日羊蹄山に登ってきたパーティが帰ってこられて隣のテーブルに着く。“明日登るんですよー。どのルートがいいですかね”などど情報収集していると、“あした家族で登られるんですか?”と質問され家族に見えましたかと大笑い。今日は明日に備え天気を祈りながら早々に寝る。
金沢で行われた学会に行ってきた。今回のメイン会場は金沢駅前の石川県立音楽堂。岩城宏之氏が音楽監督を務めたアンサンブル金沢のメインホールではないか。うれしいことに2日とも昼休みに短いコンサートが企画された。1日目はパイプオルガンの演奏でバッハを、2日目は弦楽四重奏でモーツアルトを聴くことができた。会場の空気がぱっと変わる。音楽好きのS先生が来られているだろうなあと思っているとやはりいらっしゃった。S先生自慢のオーディオを聴きにお宅にお邪魔したことがあるが、アンプ、スピーカーの希少機器がごろごろあり、曲により使い分けておられる。先生のお宅で初めてSPレコードを聴かせていただいた。見るのも初めてで回転数が早いので1曲が数枚に分かれて録音されている。SPコレクションもそろっていて博物館のようだった。別れ際に“スピーカー良くなったのでまた聴きに来なさい”と言って下さる。
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